青野和彦 「グアテマラにおけるラス・カサスの平和的布教観 (1536-1538年) - 布教方針と『布教論』原則との関連性
の考察を中心に」 第69集、137-159頁
青野和彦 「バルトロメー・デ・ラス・カサスの『布教論』における摂理観 ―第5章を中心に」 第60集、117-149頁
青野和彦 「ラス・カサス『布教論』の研究(3) 第5章第6-8節の宣教方法における信仰理解」 第62集、62-89頁
青野和彦 「ラス・カサスの平和的布教観の形成 ―ベネズエラ渡航からドミニコ会修練期までを中心に」
第67集、52-73頁
赤城泰 「公開講演総括」 第54集、5-9頁
足立広明 「テクラとエゲリア ―小アジア・セレウケイアの聖地と女性の信仰」 第56集、166-176頁
雨宮剛 「責任としての歴史認識 ―青山学院大学プロジェクト95の活動をふりかえって―」 第51集、57-59頁
荒井英子 「ベタニア=らい病人隔離村」説をめぐって ―神殿の巻物46・16-18とマルコ福音書14・3との関連―」
第52集、52-70頁
荒井献 「テーマ(「戦争と平和―キリスト教の歴史を問う)に寄せて」 第51集、3-4頁
荒井献 「キリスト教史学会50周年に寄せて」 第53集、3-8頁
荒井献 「イエスの「未知の言葉」に関する一考察 ―『トマス福音書』語録77再考―」 第57集、19-35頁
荒井献 「キリスト教は寛容でありえたか ―イエスと原始キリスト教の視点から―」 第58集、3-11頁
安東邦昭 「明治期におけるキリスト教女子教育と地域社会」 第58集、159-168頁
猪刈由紀 「ハレ・フランケ財団(シェティフトゥンゲン)における救貧と教育 ―社会との距離・神との距離・積極性」
第70集、92-112頁
石原綱成 「図像学におけるユダ ―特にペトロとの関連をめぐって」 第62集、138-159頁
李省展 「李昇薫と五山学校 ―植民地朝鮮におけるキリスト教教育の展開―」 第50集、74-91頁
李省展 「米国北長老派海外宣教本部の東アジア認識と105人事件」 第67集、74-99頁
石井智恵美 「咸錫憲のシアル(種・民衆)思想・その基礎形成期 ―無教会信仰の受容と離脱―」 第57集、138-153頁
石井紀子 「女性宣教師を通してみる神戸の伝道と教育」 第56集、12-37頁
一色哲 「戦後沖縄キリスト教史のなかの地域と教会 ―占領軍の統治政策とキリスト教児童福祉施設・愛隣園
 の研究―」 第55集、185-198頁
一色哲 「軍事占領と地域教会 ―1950年代中盤の沖縄教会を事例に―  第57集、36-59頁
一色哲 「戦後沖縄キリスト教史研究の方法と課題 ―地域教会形成とキリスト教交流史の試み―」 第59集、24-42頁
一色哲 「日本基督教団における沖縄教会観の起源とその変遷」 第61集、119-143頁
一色哲 「ベッテルハイムと沖縄」 第64集、104-134頁
一色哲 「戦責告白」と沖縄 ―「周縁」的地域からみた日本基督教団の戦後70 年」 第70集、72-91頁
井手勝美 校註 ハビアン著『破堤宇子(ハダイウス)』(1620年) 第51集、93-187頁
井手勝美 (テーマ(「キリシタンの世紀―日本イエズス会とアジア―)に寄せて) 第53集、11-14頁
井上茂子 「ナチ体制下のカトリック教徒 ―ナチズムに対する相対的に高い「免疫性」についての一考察」
第51集、26-46頁
岩倉依子 「マルティン・ブツァーと福音派教会統合」 第65集、86-108頁
岩野祐介 「『聖書之研究』と内村鑑三における文書伝道」 第68集、81-105頁
枝光泉 「日本バプテスト西部組合の歴史 ―1920年代の宗教法案への動き―」 第54集、71-79頁
枝光泉 「日本バプテスト西部組合の歴史 ―宣教師のめざしたもの―」 第58集、27-41頁
太田淑子 「ベッテルハイム関係琉球史料について」 第50集、133-139頁
太田淑子 テーマ(「キリシタンの世紀―日本イエズス会とアジア―)に寄せて 第53集、9-10頁
大西晴樹 「心に刻む―敗戦五〇年・明治学院の自己検証」 第51集、67-73頁
大村修文 「トレルチにおけるStand<身分>の概念」 第54集、52-70頁
大村眞澄 「M・ルター『1コリント7章講解』(1523)におけるBeruf理解」 第60集、103-116頁
大村眞澄 「M・ルター『聖なる尊い洗礼のサクラメントについての説教』(1519)におけるBeruf概念形成 ―standの意味をめぐって」 第61集、170-186頁
大橋真砂子 「カプア司教ヴィクトル『春分について』 ―C.W.ジョーンズによる著作の同定への批判を踏まえて―」
第53集、123-136頁
大山綱夫 「内村鑑三と新渡戸(太田)稲造のアメリカ滞在期体験 ―非制度的聖職者への道とクエーカーへの道」
第61集、28-46頁
岡美穂子 「キリシタン時代のマカオにおける聖パウロ・コレジオの役割 ―モンスーン文書・マカオ/コレジオ年次報告から―」第56集、106-127頁
岡部一興 「日本における長老教会の形成」 第56集、64-105頁
岡部一興 「全国協同伝道の研究」 第59集、64-84頁
小川早百合 「欧文史料にみる宣教師シドッティ」 第52集、11-32頁
小川早百合 「明治末期カトリック教会の神道への対応 ―熊本発コール神父の書簡を中心に」 第63集、37-60頁
小川早百合 「ヴァリニャーノの適応主義と神道 ―ケンペルの神道理解と対比してみえるもの」 第65集、69-85頁
小川俊輔 「南米に移住した長崎のキリシタン家族 ―ボリビア多民族国サンフアン日本人移住地の事例」
第67集、134-156頁
奥村直彦 「戦時下、戦後「基督教青年会」の対応と変容 ―『開拓者』(1941~47)を中心に―」 第58集、42-73頁
踊共二 「近世スイスの改宗者たち ―「宗派の時代」を問い直す―」 第55集、131-148頁
折井善果 「キリシタン教義の動向 ―『ぎやどぺかどる』対訳分析を中心に―」 第55集、110-130頁
ガイ, ヘスス・ロペス (井出勝美訳)「福音宣教者 聖フランシスコ・ザビエル(1506-1552)」 第54集、93-105頁
片岡千鶴子 「長崎原爆と純心女子学園」 第52集、3-10頁
梶原直美 オリゲネスの祈りにおける「善」理解」 第57集、80-96頁
金子啓一 「アウシュヴィッツを「記憶」して ―「現代神学」の射程」 第51集、5-25頁
金田俊郎 「アッシジのフランチェスコにおける手本としての被造物 ―著作に見られる自然観の一側面」第63集 148-165頁
川島第二郎 「ネーサン・ブラウンのアッサム伝道について 第57集、97-129頁
川村信三 「カトリック改革」のなかの新修道会としてのイエズス会の歴史的意義 第55集、78-93頁
北田道也 「責任としての歴史認識 ―青山学院大学プロジェクト95の活動をふりかえって―」 第51集、60-66頁
木寺廉太 「古代キリスト教史と兵役」 第51集、49-57頁
岸野久 「パウロ・デ・サンタ・フェ・池端弥次郎重尚同一人物説について」 第50集、103-113頁
岸野久 「ザビエル時代の日本人信徒使徒職 ―インドとの比較において―」 第53集、64-82頁
岸野久 「ザビエル書翰のフライレ(またはフラーデ)の定義について」 第57集、130-137頁
岸野久 「国王巡察使」としてのフランシスコ・ザビエル」 第60集、32-50頁
岸野久 「ザビエルのタイトル「ヌンシオ」とその訳語」 第63集、15-36頁
岸野久 「ザビエルによる第二次宣教団来日命令(1549年)の展開と意義 ―「日本布教構想」との関連」第64集、63-85頁
岸野久 「マラッカにある「ザビエルの岩」の歴史的意義 ―「中国遣唐・開教プロジェクト」との関わり」 第70集、8-32頁
木ノ脇悦郎 「沖縄とキリスト教 ―その歴史・現状・課題―」 第59集、17-23頁
倉田明子 「漢会とロバーツ」 第70集、33-52頁
栗林輝夫 「寛容から不寛容へ ―現代キリスト教の一般的傾向?―」 第58集、12-26頁
小田部進一 「カールシュタットにおける改革運動の神学的契機 ―『聖画像の撤去について』(1522年)を手がかりにして」
第62集、90-119頁
小檜山ルイ 「シンポジウムによせて―宣教師と現地人の権力関係」 第56集、3-7頁
五野井隆史 「イエズス会宣教師と琉球」 第53集、43-63頁
近藤喜重郎 「ロシア正教会の政治的転向 ―ヨーロッパにおける在外ロシア正教会分裂の原因として―」 第52集、88-99頁
近藤喜重郎 「在外ロシア正教会における和解」 第56集、145-165頁
近藤喜重郎 「ロシア人ディアスポラにおけるキリスト教教育」 第57集、60-79頁
近藤喜重郎 「東方へ向かったロシア人ディアスポラの教会に関するロシアにおける研究について」 第59集、160-175頁
近藤喜重郎 「生神女マリアと神の智ソフィア ―S.ブルガーゴフ著『燃え尽きざる柴』に見る「教会性」」 第60集、150-172頁
坂本清音 「1870年代・80年代におけるアメリカン・ボード女性宣教師の伝道と教育 ―シンポジウムのめざしたもの―」
第56集、8-11頁
坂本清音 「アメリカン・ボード女性宣教師と日本人の間のコントロールを巡っての戦い ―「大変難しいところ」と評判の京都―」第56集、60-83頁
塩野和夫 「日本組合基督教会の歴史的四類型 第50集、39-55頁
茂義樹 「シンポジウム(北陸におけるキリスト教の宣教と学校教育)の報告」 第50集、120-125頁
島典英 「M.C.ハリス監督をめぐって」 第54集、22-37頁
清水紘一 (テーマ(「キリシタンの世紀―日本イエズス会とアジア―)に寄せて) 第53集、15-16頁
清水有子 「日本布教拠点フィリピンの成立と「鎖国」」 第59集、85-108頁
清水有子 「キリシタン関係法制史料の研究」 第68集、106-129頁
志村恵 「「死刑は死に絶えつつある」 ―アルベルト・ビツィウスの死刑廃止論―」 第55集、149-166頁
新城喬 「沖縄における聖公会の宣教と課題」 第59集、45-63頁
杉崎泰一郎 「中世の荒れ野 ―仮想現実の楽園―」 第55集、48-65頁
鈴江英一 「切支丹禁制高札撤去布告後の禁教政策」 第53集、83-102頁
鈴江英一 「切支丹禁制高札撤去布告後の禁教政策・追論」 第60集、51-68頁
陶山義雄 「赤岩栄の聖餐理解と教会形成」 第50集、92-102頁
徐正敏 「聖書朝鮮事件」に対する新しい理解」 第64集、135-147頁
徐亦猛 「中国における農村のキリスト教の受容に関する研究 ―中国浙江省奉化市のY村女性信徒を中心に」
第68集、153-166頁
高井ヘラー
由紀
「戦後台湾キリスト教界における超教派運動の展開と頓挫 ― 分水嶺としての「国是声明」と歴史観の相剋―」
第69集、74-110頁
高井ヘラー
由紀
「日本統治下台湾における台日プロテスタント教会の「合同」問題」 第59集、109-141頁
高井ヘラー
由紀
「日本統治期台湾における日本人主流派教会による台湾人伝道 -1930年代の日本基督教会および日本組合基督教会を中心に」 第61集、90-118頁
高木正義 「トラピスト100年 第54集」10-21頁
高瀬弘一郎 「マカオ・コレジオの創設について ―巡察使ヴァリニャーノの見解を中心に― 第50集」1-38頁
高瀬弘一郎 「キリシタン時代マカオにおける日本イエズス会の教育機関について」 第53集、17-42頁
高橋博厚 「「ユダヤ人」と呼ばれたキリスト教徒たち ― 4世紀における「新ユダヤ人」と「半ユダヤ人」という2つの呼称を
巡って」 第69集、160-177頁
武田和久 「インディアス政策とイエズス会士の対応」 第58集、169-179頁
竹田照子 「訓令12号発布以前における基督教主義女学校の衰退 ―松山女学校を例として」 第52集、33-51頁
ダニエル, コール 「新井奥邃の聖書観を巡って」 第50集、56-73頁
辻直人 「田川大吉郎の国際大学構想 ―基督教教育同盟会の中国人留学生受け入れ論と連合大学論の結節点―」
第58集、74-91頁
辻直人 「基督教教育同盟会設立までの経緯 ―井深梶之助の動きを中心に」 第61集、70-89頁
辻直人 「戦後「キリスト教教育」の展開 ―1950年前後の基督教教育同盟会の動きとIBC関係学校協議会成立の背景を中心に」 第63集、61-80頁
辻直人 「「ラマート事件」の真相と歴史的意義 ―キリスト教学校に与えた影響」 第70集、53-71頁
手代木俊一 「讃美歌・聖歌と日本の近代」 第55集、94-109頁
土井健司 「どうすれば貧者の苦があなたには見えるのか ―飢饉におけるカイサレアのバシレイオスの救貧思想」
第64集、148-171頁
徳善義和 「宗教改革史における最近の研究動向」 第50集、126-132頁
都甲裕文 「ヨアネス・オクセイテスのカリスティケ批判 ―11世紀ビザンツにおける修道院改革の一断面―」
第54集、80-92頁
都甲裕文 「都市コンスタンティノープルの修道制 ―10世紀のストゥディオス修道院を中心に」 第63集、131-147頁
戸田聡 「古代末期におけるキリスト教修道院制の成立」 第55集、7-32頁
戸田聡 「M. ヴェーバーにおける「禁欲」「修道制」概念」」 第66集、80-101頁
豊田浩志 「シンポジウムのめざしたもの」 第55集、3-4頁
豊田浩志 「経過と主旨説明」 第54集、3-4頁
中井純子 「宗教団体法及び改正治安維持法の下での日本セブンスデー・アドベンチスト教団の弾圧」 第69集、111-136頁
中川憲次 「女性運動としてのベギン運動に対するエックハルトの説教の貢献」 第52集、71-87頁
中川憲次 「ベギン会について」 第55集、66-77頁
中川憲次 「マイスター・エックハルトのドイツ語説教における「愛」」 第59集、142-159頁
中島昭子 「信徒発見を知らせたパリ外国宣教会宣教師書簡」 第66集、44-60頁
中島耕二 「明治32年改正条約実施と外国ミッションの対応 ―米国長老教会ミッションを事例として」 第60集、69-86頁
中島耕二 「明治32年改正条約実施と外国ミッションの財産移転問題 ―米国長老教会ミッションを事例として」
第61集、47-69頁
中村茂 「来日前のメアリ・ヘレナ・コンウォール・リーについて」 第55集、167-184頁
中村茂 「メアリ・ヘレナ・コンウォール・リーとジョージ・ハワード・ウィルキンソン ―メアリ・ヘレナ・コンウォール・リーのハンセン病者自由療養地区草津湯之澤への道― 第58集」114-135頁
中村博武 「阿部眞造『告解式意見』の典拠本について」 第51集、136-147頁
西村裕美 「<近世人>ウィリアム・ペンの「聖なる実験」―ペンシルヴェニア植民にみる非武装平和主義と先住民」
第65集、109-127頁
原口尚彰 「アーメーンの翻訳史的考察 二つの翻訳原理の対立」 第51集、128-165頁
原口尚彰 「日本新約聖書学史における波多野精一」 第60集、87-102頁
原口尚彰 「日本新約学史における山谷省吾」―歴史的理解の試み 第64集、86-103頁
久松英二 「「静寂への執念」 ―東方修道霊性の底流―」 第55集、33-47頁
久松英二 「ヘシュカズム ―14世紀ビザンツの神秘主義運動」 第64集、197-218頁
保坂高殿 「エウセビオス『コンスタンティヌスの生涯』とテオドシウス朝期の文学的プロパガンダ」 第66集、61-79頁
星野命 シンポジウム(北陸におけるキリスト教の宣教と学校教育)の意義と背景」 第50集、114-119頁
牧律 「日本基督教団全国教会婦人会連合」の承認と展開 ―連合の女性たちが求めた自己主体化の軌跡―」
第58集、136-158頁
松平康博 「ハリストス正教会と函館」 第54集、38-51頁
松谷曄介 「賀川豊彦と中国 ―「宗教使節」問題をめぐって」 第67集、100-133頁
松本富士男
石原綱成
「マグダラのマリアの図像学的考察」 第50集、i-xxxix
馬渕彰 「19世紀後半のイギリス農業労働者の組合活動とメソディズム ―教区権問題を中心に―」 第56集128-144頁
馬渕彰 「19世紀後半のイギリス農業労働者の組合活動と教会 ―国内・国外移住政策とメソディスト派の関係を中心に」第62集、39-61頁
馬渕彰 「19世紀後半のイギリス農業労働者組合の政治活動と教会 ―第3回選挙法改正(1884年)前後でのメソディスト派の役割についての再考」 第66集、102-123頁
馬渕彰 「19世紀後半イギリスの政治問題でのメソディスト諸派の基本方針とその影響 ―メソディスト派定期刊行物上の国教制度廃止運動の関連記事を中心に」 第68集、57-80集
三ッ本武仁 「『霊と文字』(412年)におけるアウグスティヌスの洗礼理解」 第62集、120-137頁
宮里政玄 「日米関係と沖縄」 第59集、3-16頁
宮地ひとみ 「女性宣教師を通してみる大阪の伝道と教育 ―ステーションの伝道方針と女性の役割変化―」
第56集、38-59頁
閔庚培 「歴史と信仰 ―歴史のキリスト教的理解―(第2回東北アジアキリスト教史学協議会国際セミナー)」
第57集、3-18頁
盛節子 「シンポジウムを省みて」 第55集、5-6頁
盛節子 「12世紀アイルランドの「教会ヒエラルキー」構想 ―教皇特使ギルベルトゥスのDe Statu Ecclesiaeを通して」
第65集、128-154頁
森脇優紀 「キリシタン時代におけるキリスト教葬儀の導入と日本的展開」 第68集、130-152頁
山内晴子 「キリスト教の寛容 ―朝河貫一の日本外交の理念の場合―」 第58集、92-113頁
山田順 「初期キリスト教徒の来世観とその異教性 ―ローマ、サン・セバスティアーノ・カタコンベのヘルメス像をめぐって―」第53集、137-174頁
山田順 「善き牧者キリスト像」の消失プロセス ―ドミテイッラのカタコンベ壁画を中心に」 第63集、108-130頁
山田望 「ペラギウス派排斥のメカニズム ―神学的言語行為の政治性―」 第53集、103-122頁
山田望 「ペラギウスとアウグスティヌスにおける洗礼・聖霊理解の相違を巡って ―三ッ本論文(『キリスト教史学』第62集所収)の拙著言及への応答として」 第64集、172-196頁
吉田寅 「中国プロテスタント伝道と中国語定期刊行誌」 第51集、74-92頁
ランドール,W・T 「沖縄のガンディ・阿波根晶鴻」 第59集、43-44頁
渡辺祐子 「中国プロテスタント伝道研究の視角」 第61集、144-169頁
渡辺祐子 「民国初期における信教の自由と中国キリスト教会(1913-1917年) ―「孔教国教化」への対抗運動を中心に」
第63集、81-107頁